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新雑学編②

ブログを始めて10年が経過しました。
回想を込めて、再編集してみました。

2007年7月からです。

つまり、下記は8年前のブログです。

■■地震3ヶ月■■

地震3ヶ月にちなんだイベントが各地で行われていますね!!
あるTV番組に感銘を受けました。
東北地方なんですが、あるコンサルタントが、地域の児童に対して、次の対策を教えていたそうです。
「先ず、自分が生き延びよ!!」と言う事です。
「お父さん、お母さん、私は自分で努力しますから,気にかけないで下さい!!」
親は、何かあると、自分の子供が気にかかりますよね!!
で、結果的に、子供の所へ駆けつけようとして、親も命を落としてしまう事例が多々あった様です。

■■地震対策用上置棚■■



あの大地震から1ヶ月が過ぎました。
で、増々、マグニチュード7クラスの東京大地震の可能性が高まっていますね!(私の独断と偏見だけでもなさそうですね!! あちこちの学者が一斉に論文を発表していますね!)
時期的には、3ヶ月目、3年目、30年目ですね!!
先ずは、今回の地震が起きた岩盤の下側(南側)(千葉県の沖合い)に溜まったヒズミが起こす3ヶ月目の地震対策が急がれますね!!
兎に角、一番危ないのが食器戸棚です。(特に、写真の様に高さが2mぐらいあるのが。)
で、巷(ちまた)のホームセンターなどて売られている「つっかい棒」。これはお手軽です。但し、見栄えがよくありません。
次は、本とか、箱を積んでおく方法があります。が、空間の効率的活用になっていません。
で、所謂、特注の上置棚を作る事のが最上です。
でも、特注は高いので、日曜大工で作りました。
★材料は、9mm厚の上質ベニヤ板です。(普通のベニヤ板だと、表面がザラついていて、又、木目も汚いです。)
★板と板を接着するんですから、接着面は、凸凹では無くかつ90度(直角)にする為、ホームセンターの大型のこぎりにカッテイングをお願いします。
★塗装は、水性ニスを15回ぐらい重ね塗りします。(塗る毎に色と艶が増していき、あたかもバイオリンの色艶が出ていくのと同じで、そこに日曜大工の醍醐味が感じられました。写真をみると、天井の梁が、鏡の様に写っているのが判るでしょ??!!)
費用は、ベニヤ板5000円、全かぶせ蝶番3000円、塗料900円、大工料0円でした。(全かぶせ蝶番が結構高いです。普通の蝶番だと200円程度ですから----。)
(このブログをご覧になっている奥様方へ-----。このブログを見てあなたもやったら!---- とダンナ様を責めないでくださいね!!)

■■棺の娘、指環と一緒に 結婚の夢かなわず■■

下記の記事(日経新聞Mar/28/朝刊)には、涙が止まりません。

★★被災現場から見つかったショルダーバッグの中には半年前に恋人と見た映画の半券が大切に残っていた★★

福島第1原子力発電所の事故の影響で、屋内退避区域を抱える福島県南相馬市の避難所で、同市の会社員、森吉安さん(51)の一家はとどまっていた。大津波にのみ込まれ、6日後に遺体で見つかった次女の希美(のぞみ)さん(21)の火葬を待っていたためだ。長い順番待ちの末、27日、ようやく希美さんは家族に見送られた。
地震当日、一家はそれぞれの職場などでバラバラに過ごしていた。強い横揺れの中、吉安さんは職場の工場で製品の落下を懸命に抑えた。妻の智子さん(45)は縫製工場でミシン台の下に身をし、揺れが収まるのを待った。
吉安さんと最初に連絡がついたのは長女の早也果さん(22)。家族はその日遅く、避難所でようやく再会したが、希美さんの携帯電話だけが何度鳴らしてもつながらなかった。
「のんちゃんが友人の家で津波にさらわれた」。2日後の13日、希美さんの知人から最悪の知らせが届いてからは「早く見つかることだけを願って」遺体安置所に通った。家族が白い棺(ひつぎ)に入った希美さんと再会したのは18日午後。吉安さんは「顔にもあざがあったが、すぐに本人と分かった」と振り返る。
希美さんの左手の薬指には指輪があった。早也果さんは「『彼氏と結婚したい』と打ち明けられていた」と明かす。
7m以上の津波に襲われた南相馬市では、27目までに280人以上の死亡が確認され、1千人以上が行方不明のまま。物流は滞り、火葬に使う灯油が不足する状態が続いている。希美さんの火葬の日もなかなか決まらず、「何もしてやれない、情けないオヤジだ」と吉安さんは侮しげに吐き捨てた。
希美さんは高校を卒業後アルバイトをしながら、夜勤のある吉安さんにいつもおにぎりを握って渡してくれた。
「甘えん坊だけど、きちょうめんで優しい子でね」。智子さんは声を震わせる。家は流され、希美さんの写真は残っていないが、知人が被災現場から見つけ出してくれたショルダーバッグの中には半年前に恋人と見た映画の半券が大切に残っていた。
27日夕に行われた火葬。指輪と映画の半券は一緒に天国に送ると決めた。「こんなに早く逝くなんて、バカ」。早也果さんはつぶやいた。

■■大地震■■

大変な事になりましたね!! 
これをきっかけに国会の与党・野党が、つまらぬ政局に明け暮れしないで、日本の為に機能する事を願うばかりです。
私の状況と言えば、下記の通りです。
品川の新馬場で、ダンスのサークルを開催している最中に地震が起きました。体育館側から、PM3:30に体育館の使用禁止令が出されました。
都営三田線沿いに歩いて帰れば、どこかの駅で、三田線が動くだろうと鷹をくくって、PM4に新馬場を出発、品川神社~品川プリンスホテル~泉岳寺~東京タワー(あれ何だか東京タワーのサキッポが曲がってるぜい!!(家に帰ってから知ったんだが、本当に曲がっていたんだ!! 白内障の手術をした目って本当に良く見えるなあ!! )~日比谷公園~皇居~九段会館(2人亡くなったですってね!!お気の毒です。)~水道橋~後楽園ラクーア~巣鴨駅(これで6時間、でも地下鉄未だ動いていない!!) ええい仕方無い。(だって家内の車を呼んだところで、渋滞・渋滞で無理!!無理!!歩いた方がまだ早い。)(もう夜の9時だよーー!!)何だか左足が痛くなってきたぜ!!でも爪先で歩いてみると痛く無いぜ!ってんで、だましだまし西巣鴨まであるいたぜい!! と、あれあれ、都営三田線西巣鴨駅へ行くと、皆、地下へ雪崩れ込んでいくぜい!!あれれ?? 私も連れて、地下に行こうとしたら家内から携帯が---(三田線が動き出したそうだと。)改札を通って、10分程待って、超ラッシュアワーの地下鉄に何とか乗り込んで、志村三丁目で下車、自宅についたのは、PM10です。足には、シップを貼って、サポータでガード。14日の特訓にまで足が回復する事を祈るばかりです。
話は戻るが、PM3:30頃に体育館にいたら、家内からメールがあったんです----「食器戸棚のカップやお皿が踊って、扉を開けるとそれらが落下するので扉を封印している。だから早く帰って」との事。で、結局、PM10~AM1頃までかけて、この問題を解決したんですよ!!どの様に解決したかって??
家に帰ってみたら、食器戸棚がガムテープで雁字搦め(がんじがらめ)になっていました。
家内曰く、揺れている最中、ズッと扉を両手で押さえていたとの事。その後、ガムテープを貼ったそうです。
(確かに地震の最中に手で押さえていた効果はありました。 お手柄です!! だって、昨日マンションのゴミ捨て場にゴミすてに行ったら、破損品コーナーが設けられていて、かなりの破損品があり、ビニール袋には、瀬戸物とか、ガラスとかマジックで書いてありましたからね!! 叉、高島平に住んでいるダンス仲間の所では、水が出て、あたりが散乱して一人では後片付けが出来ない旨のメールがありましたよ!! 私の住んでいるマンションは中台という地名で判る様に、地盤がしっかりしていた様で、揺れの周期が小さかった様です。)
で、雁字搦め(がんじがらめ)のガムテープを取り除き点検してみると、九谷焼の杯は、3個が戸棚の中で落下していて破損していました。
で、コーヒー茶碗セットとかご飯茶碗とかコップが数箇所、扉と戸棚の隙間に挟まっていて、確かにソノまま扉を開けると落下してしまいます。
★★
先ず、壁から戸棚を50cm程前へ出して、次に後ろへ30度ほど傾け、扉の隙間から新聞紙と長い箸を入れて、落下しそうな食器を何とか棚の上に戻して回収する事に成功。(でも、ウインザー風コーヒーカップと小鉢は、各1個がそれでも落下してしまいました。)
で、余震が怖いので、棚と扉の間に新聞紙まるめて入れて、ここ数日は封印しておきます。
被害としては、地震で落下した久谷焼きの杯が3個、ウインザー風コーヒーカップの取っ手が1個、小鉢の角が欠けたのが1個です。
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